JGS事務局の横尾です。
私がJGSのメンバーに迎え入れて頂いた「きっかけ」をちょこっと書きます

2013年3月に埼玉県朝霞市にあった熱帯魚店「アクアショップes」を営業で偶然訪ねたことが
全ての始まりでした。今から4年程前のことです。
私が、入江さんのお店を訪ねた目的は、弊社で製造している「熱帯魚用飼料」の紹介及び販売でした。
私はまったく入江さんとは面識がなく、その存在の大きさも知らず、所謂飛び込み営業に行った先でした。
それから1~2ヶ月の間に、入江さんと二人三脚で、新しいタイプのディスカス専用フードの開発をスタートさせ
1週間に1度は顔を合わす関係を築く中で、入江さんが熱帯魚の業界でどのような道を歩んできたのかを
知りました

当時、互いに50歳前後の齢ですから、共に業界に身を置いてからの大凡20年の日々を懐かしく振り返った
りしてました。
入江さんが埼玉県に熱帯魚ショップを構え、ペット(熱帯魚)業界に参入したのが、1994年だそうです。
私が、やはり埼玉県に当時あった熱帯魚店から「熱帯魚用飼料」の製造を委託され、その販売を始める準備に
入ったのも同じ1994年のことでした。場所もきっかけも異なりますが、同じ時代に熱帯魚業界に関わった者と
して、意気投合し、懐かしい話も沢山しました。
入江さんが、ドイツの有名なディスカスブリーダーであるマンフレッドゲーベル氏に師事し、今は引退された師の
ディスカスを、そして、その系統(血統)を継承した正統な継承者であるということをその時始めて知りました。
私は、マンフレッドゲーベル氏については、専門誌などで度々目にしていたので、その存在は認めて
おりましたが、その関係者に日本人の入江さんがいた事まではまったく知識がありませんでした

入江さんのお店を訪れる度に、入江さんとの交流からドイツゲーベルディスカスの素晴らしさに取り憑かれた
ディスカスラバー達を多数ご紹介頂きました。
10年以上のディスカス飼育歴を持つアマチュアブリーダーさんから、つい1年ほど前からその素晴らしさに
傾倒したビギナーさんまで来店される方は様々ですが、美しい肢体で泳ぐディスカスの虜になっていることでは
甲乙はなく、皆紛れもないホビーストでした。
しかしながら、入江さんのお店に通われている(学校みたいですが、本当にそんな感じです。)人達は、
もう一つ大きな魅力に惹きつけられていました。
彼等に夢を見せるのは、ゲーベル氏から入江さんに伝承された『血統維持の物語』です。
この物語は、趣味の単純な楽しさから奥深さまで、そして趣味から享受する感動を、更には趣味を通じて
築かれる不思議な縁(人間関係とディスカス関係)と人生観をホビーストに語りかけます。
20年以上の月日をかけて織り込んだ伝承の重みは圧倒的な説得力で彼等ホビーストを魅了するのです。
ところが、入江さんは、感慨深げに、「楽しいディスカス人生であった」と終焉の感を思わせる言葉を使い(?)、
この物語を「思い出話」としようとしているのです。
時折見せる遠くを見る目が危うく、「やめちゃうの」って感じちゃったりするのです
*実際には、全然そんな気はないそうです。


この1人の店長と10名程度の特別狂信的なドイツディスカス愛好家は、数年前から、ディスカス同好会
作り、意見交換の場などを設けて交流を重ねておりました。
彼等が意を一つにする目的は、『ドイツゲーベルディスカスの血統・系統保存』です。どの様な手段で血統を
守っていくかが最大のテーマになりますが、同時にその魅力をどのような方法で世界のホビーストに伝え、
分かち合っていくことが出来るかが大きな課題なのです。
その会合に初めて出席させて頂いたのは、2013年の7月でした。
その時の私の印象は、「生き物に対して柔和で人に対して愚直な先生と、その人を敬慕から真っ直ぐに
直視できない、実直で照れ屋の信者達」といった様相でした。
この両者を傍で見ていると、お見合いの席にいる様で、焦れったくなります。
入江さんは『この同好会をそのうちにはしっかりとした運営機関にしないといかんな~~~多分。』という
考えを持っていましたが、「急いで組み立てなくては」といった焦りもない様ですし、ホービースト達は
ホビースト達で、『本当はしっかりした活動をしたい』と思いつつも、「入江さんを気持ちで追い越すことは
御法度なのですよ」といった奥床さを持って、機が熟すのをひたすら待ち続けているのです

私は感じました。「『ま、そのうち』ではいけない。協会設立は入江氏のためにあらず。ディスカス飼育という
趣味の世界に貢献する上で、ドイツゲーベルディスカスという一つの血統保存が、趣味の持つ『奥深さ』・
『醍醐味』を守る貴重な活動になることは間違いない。更にそれを推進するには現にその物語を大事にしたいと
いう人達が師を募って輪を広げようとする意思があるうち、更に入江氏に最後のチャレンジ()に対してトライ
する元気があるうちに行わないと難しい」と思ったからです。
そこで私が厚かましくも、ディスカス同好会事務局に名乗り出させて頂いたのです。
こうして現協会発足に向けて始動したのです。
当時のメンバーの中核は、要するに、入江さんのお店で商品を購入されるお客様達でした。
商品購入の動機は入江氏へのリスペクトなのでしょう。多分…。 皆さん心からディスカスの醍醐味を
楽しんでおられました。
趣味の奥深さを入江さんに教わったという大きなリスペクトがあるからこそ、このヘンテコな人間関係
が成立し、この団体の運営が可能なのでしょう

発足当時は、メンバー皆で、よく飲みに行きました こんな印象的なシーンを思い出します
「俺たちが入江さんを食べさせてあげてるんですよ~~横尾さん」と酒の席で一人が大きくでます。
別の方が『あ、言っちゃった』と思いながらも緊張しながら「そうなんですよ~」と加勢します。 
入江さんはまるで聞いてない様子で、又は、効いてない様子で、トイレに立ちます。 
その後ろ姿は、継承者といった称号とは似ても似つかないただの酔っ払いの姿です 
入江さんがトイレに去ると、信者達は不安をかき消す様に、入江さんがいかに凄いか、その功績を
堰を切った様に話し始めるのです。
この物語を全て終わらせてしまいそうな雰囲気が、入江さんの武器といえば武器なのですかね~~

jgs